タミフルの話

薬学部の6回生である私は、薬剤師国家試験まで10ヶ月も無いということで、ほぼ毎日勉強に明け暮れている。勉強の内容は、薬の種類や作用、薬の構造式、薬物動態以外にも、X線や栄養学など、薬剤師は幅広い知識が必要となるらしく、やってもやっても終わらない日々を過ごしている。
この前の薬理の授業で、タミフルの話になった。
タミフルとはインフルエンザの治療薬であるが、最近タミフルは少しニュースで話題になった。というのも、タミフルは10歳以下の小児に使うと、患者が突然建物の2階から飛び降りるといった異常行動が見られるからである。しかし、異常行動はタミフルによるものなのか、インフルエンザウイルスによるものなのかは不明であったため、小児には慎重投与という用法だった。
それが先日、研究を進めていくにつれ、どうやら異常行動はタミフルによるものではないとの結論が出され、小児にも投与が可能になったと、教授は嬉しそうに話していた。
そんな話を聞いていると昔、高熱を出したあの日を思い出す。
9歳か10歳の時に、かなりの高熱を出して寝込んだことがあった。この高熱が、インフルエンザによるものなのか、ただの重度の風邪だったのかは覚えていないが、とにかく40度近い熱を出して寝込んでいた。
娘を心配してか、その日の晩は、母が一緒に横で寝てくれていた。高熱にうなだれながら寝ていると、横で寝ていた母が突然、太鼓やラッパなど10個以上の楽器を持って、1人で爆音で演奏し始めたのである。
幼いながらに私は仰天し、飛び起きた。娘が心配で一緒に寝てくれていたはずの母親が、狂ったように1人で演奏し始めたのだ。母親が奏でる狂気の大演奏に少し恐怖すら覚えながらも、必死で母を止めようとした。しかし、母親は一向に演奏をやめようとしない。高熱で頭が痛いのに、更に爆音の演奏が加わったことで、このままでは本当に頭が割れると死を覚悟した出来事だった。
今思えば、あれは幻覚と幻聴が混じったものだったのだろう。小児の異常行動は、脳が高熱にやられて起こるとも聞いたことがある。タミフルの異常行動の話を聞くたびに、飛び降りたくなる気持ち分かるよ、とインフルエンザの小児に少し共感すらしてしまうのだった。