アイツの話。

ゴキブリが嫌いだ。

というかコイツの名前自体がそもそも気持ち悪い。なぜ最初に見つけた発見者はこの容姿の見て、あえてゴとキとブとリの文字を組み合わせて名付けたのだろうか。高校の時、友人が「ゴキブリじゃなくてフェアリーって名前だったらまだ馴染めたのに。フェアリーホイホイ」と言っていたが全くその通りだと思う。

名前から否定してしまっている私だが、以前はわりとゴキブリは平気であった。

高校生くらいの時に家のトイレで気張っていると、足元にいたことがあった。しかもかなり大きい。こちらはウンコをブリブリ出そうとしていたのに足元でもゴキがブリしているなんて勘弁してくれよと思いながら、ケツを拭いてそのまま立ち上がり、水を流した。水を流した時だけビクっとしたが、それ以外は私が拭いたりズボンを上げたりトイレから出ても動かないような、比較的大人しいゴキブリだったと思う。とりあえず親を呼び、そいつはそのままトイレへ流されて行ったのだった。大人しいしそのままトイレへ流せるし、なかなか都合の良いゴキブリであった。

そいつの姿を最後に、家でゴキブリを見かけることはなくなった。

そのまま時は過ぎ、大学2年の夏終わりに近所のパン屋でバイトを始めた。店長も優しそうだし、客層もいいし、文句は一つもなかった。1年後の夏までは。

バイトを始めて1年経った夏、1人で仕事をしていた。うちのパン屋は小さいので、店員はバイト1人と店長1人であった。そして19時くらいから20時の間は店長が配達に出てしまうので、その時だけバイトが1人でパン屋を仕切っていたのである。

いつものように店長が配達へ行き、売り場の裏で1人せっせとパンを切ったり袋に詰めたりしていると、突然めちゃくちゃデカいゴキブリが現れた。それはもう今まで生きてきた中で一番大きく、ゴキブリの効果音であるカサカサというよりかはドスドス歩いていた。あまりの大きさに驚き、どうしようかとあたふたしていると、ゴキブリは売り場の方へ出て行ってしまった。

これはやばい、このタイミングで客でも来れば大問題だと慌てたのもつかの間、客が入ってきたのである。

本当にタイミングの悪い客だと思ったが悪いのはゴキブリだ。しかも客は、絶対ゴキブリとか無理やんみたいなか弱そうな若い女性である。ゴキブリは相変わらず店の中をドスドス歩いているし、このまま黙っているわけにもいかず、かと言って1人で退治も出来ず、仕方なくそのか弱そうな客にこの事実を伝えることにした。

「誠に残念ではございますが、この売り場にはめちゃくちゃデカいゴキブリが歩いています」という感じで伝えると、か弱い客はか弱い声で「えっ」と言った。やはり、この客にゴキブリは刺激が強過ぎたのかもしれない。

と思ったのもつかの間、客はドスドス歩いているゴキブリを見つけるなり、そこにあった箒を手に取ってササッとゴキブリを捕獲し、そのままドアを開けてゴキブリをゴルフボールのごとく遠くへ飛ばすと、何事もなく買い物を始めたのである。ゴキブリを処理していただいた事に加え、人は見かけで判断してはいけないと申し訳ない気持ちになった。

それからというもの、夏は毎日のようにゴキブリと格闘する日々だった。体感ではパン屋の店員というより、1人でゴキブリ退治する人と化してしまった気がした。

冷蔵庫を開けると扉の内側にいたり、壁をドスドス歩いていたかと思えばすぐ消えたり、すぐ消えてもまだいるのは確実なので殺虫剤をかけまくっていると違うところから2匹出没したりと、毎日毎日ゴキブリと戦っていた。しかも彼らは毎日そこら中に落ちてあるパン屑を食って暮らしているため、皆めちゃくちゃデカいのだ。普通の家の中にはまず居ない大きさをしている。良いモンを食って暮らすリッチなゴキブリが非常に多かったのである。

あとなぜか奴らが出没するのは、決まって店長が配達に行ってる時だ。誰にも頼ることも出来ず、1人で殺虫剤を振り回してゴキブリに立ち向かっていたが、逃すことも多かった。若い女は社会的に見ても弱い立場だと言われがちだが、ゴキブリもそんな風に思っていたのだろうか。

 

そんなこんなで1人でめちゃくちゃデカいゴキブリと戦わされた毎日を過ごしたおかげで、パン屋を辞める頃にはすっかりゴキブリがトラウマになってしまった。もし今用を足してる最中に足元にいようもんなら、驚きすぎてウンコをかけてしまうかもしれない。

ゴキブリに関しては本当に話が尽きないが、こんなヤツの話を永遠と語っても誰も得しないので、今後はあまり書かないようにしようと思う。